2019年 01月 11日
「ラジオ健康百科~周産期うつ病治療の現状~」(2018/12/27収録)拡大版
「ラジオ健康百科~周産期うつ病治療の現状~」(2018/12/27収録)拡大版
げつきんワイド おいね☆どいね「ラジオ健康百科」
オンエア:2019年1月8日(火)13時30分~
Q1:非常に産後うつ病は悩ましい問題です。日本の現状はいかがですか?
A:海外では3~6%の女性が妊娠中又は産後数週から数ヶ月の間に抑うつエピソードを発症しますが、産後うつ病の50%は、実際には出産前から始まっていることから、妊娠中又は出産後4週間以内に始まるケースを周産期うつ病と定義しています。H28年に発表された東京都内10年間の調査では、諸外国との比較において、10万人あたりの妊産婦自死数が8.7と世界的にも極めて多く、その6割は何らかの精神疾患として加療中で、その半数はうつ病であったことが分かりました。H30年9月に発表された別の国内報告でも、H27年から2年間に死亡した妊産婦のうち自殺は102人で全体の3割を占め、死因として最多だったこと、無職世帯や35歳以上の女性が産後に自殺するリスクが高く、貧困や高齢出産の不安が背景にあることも分かりました。加えて、産後うつ病の影響が伺われたこと、産後自死中の未治療の約半数は育児に関する悩みを周囲が確認していたが、本人が精神科的な診療を拒否していたことが判明しました。
Q2:そうですか!その原因や子育てへの影響には、どんなものが考えられますか?
A:まず、妊娠中は女性ホルモンの劇的な変化で、ストレスに耐える脳の力が低下します。産褥期に入ると、さらにホルモンが不均衡な状態に入ります。特に初産婦の方は、育児に関しての強い不安を抱きやすく、脳内の扁桃体が興奮し、暫く、眠らないシステムが続きます。心理社会的には、産後うつ病の妊産婦は、ボンディング現象といって、乳児を前にして無条件に引き出される、母親から子供へ向けられる感情や行動に支障を呈し、わが子に対して情緒的な絆が持てずに育児が困難になります。また、自分自身の育てられ方をネガティブに想起するようになり、「自分は母からケアしてもらえなかった」と捉えた結果、「子育てに自信がない。子どもが可愛いと思えない。しかし母である以上、自分が頑張るべきで、母親や他人に頼れないし、医療で解決が出来る問題ではない」と、全てを否定的に捉えて、周囲が勧めても、治療の導入に難渋することも多いのです。これは抑うつ的な歪みといってもよいのですが、それによって、益々、孤立し、「子育ては、とても大変で、出来そうもない」と思い、心の中でストレスになる出来事が増えていき、悪循環を形成します。さらに育児を通じて、わが子に愛着を形成していくことができなくなるので、その後の子供の発達に影響を及ぼすことも懸念されます。後述しますが、さらに、夫や同居家族と子供との関係、本人と夫や同居家族との対人関係も愛着形成に関わってきます。
Q3:それは、大変です。妊娠自体やマタニティーブルースとはどう違うのでしょうか?
A:妊娠自体は、悪阻による食欲減退や疲れやすさ、体調の変化などがありますので、開始時期を区別する必要があります。産後うつ病が、日常生活に支障が出始める2週間を超えるエピソードであるのに対し、マタニティ-ブルースは出産後、3~10日間に気分の不安定さや不安、涙脆さ、不眠などを認めます。ほとんどが一過性で、自然経過で軽快し改善しますので、特別な予防や薬物療法的な産後うつ病に準じた治療は、通常は必要、ありません。しかしながら、マタニティーブルースは産後うつ病に移行する場合もありますので、そういった予備知識を妊産婦は予め、知っておく必要があります。
Q4:なるほど、女性にとっては、出産するというのは、一大イベントなわけですが、どういった環境やストレスが周産期うつ病と関連があるのでしょうか?
A:人間の本来持っている1日の単位は25時間ですが、それを24時間周期に合わせることができるのが概日時計となります。それにより、概日つまり睡眠-覚醒リズムを同期化する特別な関係性や課題、外部からの要請などで構成される環境因子を社会的同調因子と呼びます。特に妊娠後半期は、自宅休養を最優先することから徐々に身体的な概日リズムを設定する日の出と日没を脳と体が認識することが乏しくなります。又、生体リズムの維持に適度に必要な家事や労務、趣味などのペースメーカー、買い物や友人との外出を控えることにより、一見、何でもない多くの日常における活動上の変化が、お互いに同調或いは再同調することで、相当なストレスを与えています。現在、産後うつ病に多いと報告されている双極性障害は概日リズム障害を呈しやすく、新生児の睡眠-覚醒リズムが確立される期間が生後2~3ヶ月といわれていますので、その間の授乳や夜間に限らない乳幼児の養育上の問題は、極めて浸襲的な同調阻害因子となります。元々は結婚そのものも、お互いの独身時代の社会リズムを妥協した形での同期化といえるだけに、子作りを始める前からの家族との関係性が非常に重要です。産後うつ病の介入に有効である里帰り出産が困難なケースに母親との不和が多く、子育ての責任を巡る義母との関係性の問題、産後に生じる夫婦関係の変化により、居間や寝室を主体とした生活空間と睡眠環境の激変化に繋がる夫との不和は、臨床上で非常に多いケースだと思われます。発症後は、同居されるパートナーやご家族に対する疾病教育も必要です。
Q5:なるほど、それだけ、周産期うつ病を防ぐには、睡眠-覚醒リズムの安定と、それをサポートするためには、妊娠前後の周囲との対人関係が重要なのですね?
A:正しく、おっしゃる通りです!実は、欧米では、周産期うつ病に有効な精神療法として、対人関係療法が認知行動療法と並んで推奨されています。先程、申し上げた出産という生物学的な変化や睡眠の問題、妊娠や出産前には結婚や休職、同居などに代表される社会的役割の変化に上手く適応できずに発症することが非常に多く、既に発症しているうつ病や双極性障害のご婦人では新旧の「役割の変化」自体が、正常なリズムを崩れさせ、再発のリスクが高くなることから、かなりの対人マネジメントを必要とします。
Q5:今、述べられた見解は、個々の対応の起点になりますが、地域で取り組むべきマクロの視点では、どういった方策がなされていますでしょうか?
A:はい、非常に重要なご指摘ですね!現時点で、妊産婦の中から、自死の可能性の高い医療的対応を要する介入群の同定する方法、さらに当事者の心性や個別性を踏まえた確固たる支援策は、各地域で模索している段階にあります。しかし、冒頭で紹介した疫学的研究の結果から、平成29年度に改訂された「自殺総合対策大綱」に妊産婦への支援の重要性が明記され、同年から産後うつ病健診事業が開始されました。石川県では全国に先駆けて、平成15年度より産後1ヶ月の産婦一般検診などで、国際的に普及しているエジンバラ産後うつ病自己評価票という産後うつ病のスクリーニングを実施してきました。確定診断が出来るツールではありませんが、9点以上を高得点者としており、実施率が非常に高い石川県では、各地域で高得点者が概ね、10%を超えると報告されています。各自治体の取り組みによって、スタンスは多少、異なりますが、高得点者に対して、産婦人科医療機関をはじめ、各健康福祉センターの保健師や助産師さんなどによる介入を行っています。また、平成30年発表された第7次地域医療計画には、「精神疾患を合併した妊婦への対応ができる総合周産期母子医療センター」の整備が明記され、本年の診療報酬改定でも「精神疾患併存の妊産婦加算」が新設されました。
Q6:それは、安心しました。ところで、周産期ということは、ご不幸にも流産や死産のケースの場合は、どのように対応したら、良いのでしょうか?
A:はい、複雑性悲嘆といって、生まれてくるかもしれなかった我が子に対するのmourning work、つまり否認、絶望、脱愛着というプロセスが上手く進まずに遷延化した、歪んだ悲哀から抑うつエピソードに繋がっているケースが考えられます。その場合は医療者や介入者が、安全な環境で、ご本人の対象喪失後の「当たり前の感情」を引き出しながら、先を急がずに喪の作業を進め、新たな愛情や活動など現在の対人関係を再確立できるようにサポートを再構築していくことが重要になってきます。以上を含めて、引き続き、産後の健診時のスクリーニングの強化とハイリスク者に対する早期の介入、助産師や保健師による自宅訪問などで育児や生活の不安についても聴取した上で、支援や治療に繋げる地道な取り組みが各地域において、非常に大切になってきます。
げつきんワイド おいね☆どいね「ラジオ健康百科」
オンエア:2019年1月8日(火)13時30分~
Q1:非常に産後うつ病は悩ましい問題です。日本の現状はいかがですか?
A:海外では3~6%の女性が妊娠中又は産後数週から数ヶ月の間に抑うつエピソードを発症しますが、産後うつ病の50%は、実際には出産前から始まっていることから、妊娠中又は出産後4週間以内に始まるケースを周産期うつ病と定義しています。H28年に発表された東京都内10年間の調査では、諸外国との比較において、10万人あたりの妊産婦自死数が8.7と世界的にも極めて多く、その6割は何らかの精神疾患として加療中で、その半数はうつ病であったことが分かりました。H30年9月に発表された別の国内報告でも、H27年から2年間に死亡した妊産婦のうち自殺は102人で全体の3割を占め、死因として最多だったこと、無職世帯や35歳以上の女性が産後に自殺するリスクが高く、貧困や高齢出産の不安が背景にあることも分かりました。加えて、産後うつ病の影響が伺われたこと、産後自死中の未治療の約半数は育児に関する悩みを周囲が確認していたが、本人が精神科的な診療を拒否していたことが判明しました。
Q2:そうですか!その原因や子育てへの影響には、どんなものが考えられますか?
A:まず、妊娠中は女性ホルモンの劇的な変化で、ストレスに耐える脳の力が低下します。産褥期に入ると、さらにホルモンが不均衡な状態に入ります。特に初産婦の方は、育児に関しての強い不安を抱きやすく、脳内の扁桃体が興奮し、暫く、眠らないシステムが続きます。心理社会的には、産後うつ病の妊産婦は、ボンディング現象といって、乳児を前にして無条件に引き出される、母親から子供へ向けられる感情や行動に支障を呈し、わが子に対して情緒的な絆が持てずに育児が困難になります。また、自分自身の育てられ方をネガティブに想起するようになり、「自分は母からケアしてもらえなかった」と捉えた結果、「子育てに自信がない。子どもが可愛いと思えない。しかし母である以上、自分が頑張るべきで、母親や他人に頼れないし、医療で解決が出来る問題ではない」と、全てを否定的に捉えて、周囲が勧めても、治療の導入に難渋することも多いのです。これは抑うつ的な歪みといってもよいのですが、それによって、益々、孤立し、「子育ては、とても大変で、出来そうもない」と思い、心の中でストレスになる出来事が増えていき、悪循環を形成します。さらに育児を通じて、わが子に愛着を形成していくことができなくなるので、その後の子供の発達に影響を及ぼすことも懸念されます。後述しますが、さらに、夫や同居家族と子供との関係、本人と夫や同居家族との対人関係も愛着形成に関わってきます。
Q3:それは、大変です。妊娠自体やマタニティーブルースとはどう違うのでしょうか?
A:妊娠自体は、悪阻による食欲減退や疲れやすさ、体調の変化などがありますので、開始時期を区別する必要があります。産後うつ病が、日常生活に支障が出始める2週間を超えるエピソードであるのに対し、マタニティ-ブルースは出産後、3~10日間に気分の不安定さや不安、涙脆さ、不眠などを認めます。ほとんどが一過性で、自然経過で軽快し改善しますので、特別な予防や薬物療法的な産後うつ病に準じた治療は、通常は必要、ありません。しかしながら、マタニティーブルースは産後うつ病に移行する場合もありますので、そういった予備知識を妊産婦は予め、知っておく必要があります。
Q4:なるほど、女性にとっては、出産するというのは、一大イベントなわけですが、どういった環境やストレスが周産期うつ病と関連があるのでしょうか?
A:人間の本来持っている1日の単位は25時間ですが、それを24時間周期に合わせることができるのが概日時計となります。それにより、概日つまり睡眠-覚醒リズムを同期化する特別な関係性や課題、外部からの要請などで構成される環境因子を社会的同調因子と呼びます。特に妊娠後半期は、自宅休養を最優先することから徐々に身体的な概日リズムを設定する日の出と日没を脳と体が認識することが乏しくなります。又、生体リズムの維持に適度に必要な家事や労務、趣味などのペースメーカー、買い物や友人との外出を控えることにより、一見、何でもない多くの日常における活動上の変化が、お互いに同調或いは再同調することで、相当なストレスを与えています。現在、産後うつ病に多いと報告されている双極性障害は概日リズム障害を呈しやすく、新生児の睡眠-覚醒リズムが確立される期間が生後2~3ヶ月といわれていますので、その間の授乳や夜間に限らない乳幼児の養育上の問題は、極めて浸襲的な同調阻害因子となります。元々は結婚そのものも、お互いの独身時代の社会リズムを妥協した形での同期化といえるだけに、子作りを始める前からの家族との関係性が非常に重要です。産後うつ病の介入に有効である里帰り出産が困難なケースに母親との不和が多く、子育ての責任を巡る義母との関係性の問題、産後に生じる夫婦関係の変化により、居間や寝室を主体とした生活空間と睡眠環境の激変化に繋がる夫との不和は、臨床上で非常に多いケースだと思われます。発症後は、同居されるパートナーやご家族に対する疾病教育も必要です。
Q5:なるほど、それだけ、周産期うつ病を防ぐには、睡眠-覚醒リズムの安定と、それをサポートするためには、妊娠前後の周囲との対人関係が重要なのですね?
A:正しく、おっしゃる通りです!実は、欧米では、周産期うつ病に有効な精神療法として、対人関係療法が認知行動療法と並んで推奨されています。先程、申し上げた出産という生物学的な変化や睡眠の問題、妊娠や出産前には結婚や休職、同居などに代表される社会的役割の変化に上手く適応できずに発症することが非常に多く、既に発症しているうつ病や双極性障害のご婦人では新旧の「役割の変化」自体が、正常なリズムを崩れさせ、再発のリスクが高くなることから、かなりの対人マネジメントを必要とします。
Q5:今、述べられた見解は、個々の対応の起点になりますが、地域で取り組むべきマクロの視点では、どういった方策がなされていますでしょうか?
A:はい、非常に重要なご指摘ですね!現時点で、妊産婦の中から、自死の可能性の高い医療的対応を要する介入群の同定する方法、さらに当事者の心性や個別性を踏まえた確固たる支援策は、各地域で模索している段階にあります。しかし、冒頭で紹介した疫学的研究の結果から、平成29年度に改訂された「自殺総合対策大綱」に妊産婦への支援の重要性が明記され、同年から産後うつ病健診事業が開始されました。石川県では全国に先駆けて、平成15年度より産後1ヶ月の産婦一般検診などで、国際的に普及しているエジンバラ産後うつ病自己評価票という産後うつ病のスクリーニングを実施してきました。確定診断が出来るツールではありませんが、9点以上を高得点者としており、実施率が非常に高い石川県では、各地域で高得点者が概ね、10%を超えると報告されています。各自治体の取り組みによって、スタンスは多少、異なりますが、高得点者に対して、産婦人科医療機関をはじめ、各健康福祉センターの保健師や助産師さんなどによる介入を行っています。また、平成30年発表された第7次地域医療計画には、「精神疾患を合併した妊婦への対応ができる総合周産期母子医療センター」の整備が明記され、本年の診療報酬改定でも「精神疾患併存の妊産婦加算」が新設されました。
Q6:それは、安心しました。ところで、周産期ということは、ご不幸にも流産や死産のケースの場合は、どのように対応したら、良いのでしょうか?
A:はい、複雑性悲嘆といって、生まれてくるかもしれなかった我が子に対するのmourning work、つまり否認、絶望、脱愛着というプロセスが上手く進まずに遷延化した、歪んだ悲哀から抑うつエピソードに繋がっているケースが考えられます。その場合は医療者や介入者が、安全な環境で、ご本人の対象喪失後の「当たり前の感情」を引き出しながら、先を急がずに喪の作業を進め、新たな愛情や活動など現在の対人関係を再確立できるようにサポートを再構築していくことが重要になってきます。以上を含めて、引き続き、産後の健診時のスクリーニングの強化とハイリスク者に対する早期の介入、助産師や保健師による自宅訪問などで育児や生活の不安についても聴取した上で、支援や治療に繋げる地道な取り組みが各地域において、非常に大切になってきます。
#
by jotoyasuragi
| 2019-01-11 14:46
| 岡敬理事長の健康よもやま話