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軽躁病エピソードの捉え方1

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現行の診断基準における「曖昧な軽躁の定義」についての論争

Vieta and Phillips(2007年)は「混合性症状が十分に特徴づけられておらず,双極性エピソードがあまりにも狭義に定義され,軽躁・躁病エピソードの持続期間の診断基準として必要とされる4日間や1週間という期間は長すぎるのではないか?」と批判しており,昨年,亡くなられたイタリアのBenazzi(2007年)も,DSM-IVの診断基準に批判的であり,軽躁エピソードへの臨床的感度をあげるために,4日から2~3日への持続期間の短縮を提唱していました。さらに内海は著書(2006年)の中で,そもそもBD IIは定型的な現れ方をせず,治療者においても把握しづらいため,患者自身も病識が持ちにくいだけでなく,自分がどういう状態なのか?その早い気分の波の中から自己を切り離して対象化し,気分の波を客観視することが困難であるとし,特に自我親和的な軽躁病像の期間については,病歴の聴取において4日以上というケースは非常に稀であると述べています。

また,ISBD(International Society for Bipolar Disorders:国際双極性障害学会) Diagnostic Guidelines Task Force は,現行診断基準であるICD-10及びDSM-IV について,最も重要な提案は軽躁病の基準に関するものであり,症状持続期間を4日から2日以上に変更し,混合型軽躁病(うつ症状を伴う軽躁病)の存在を含め,抗うつ薬や他の物質によって引き起こされた可能性のある軽躁病エピソードを含めるとしています。加えて,ISBDはBD II 型の基準についても変更を提案しており,混合性エピソードの除外を混合性躁病エピソード(mixed manic episode)として明確化する必要があり,また軽躁症状では環境によっては,障害が生じない場合があるため,臨床的に重大な苦痛や障害が生じるという(重症度の)要件はうつ症状に適用すべきでないとしています。更に特定不能の双極性障害(BD NOS:Not Otherwise Specified) とBipolar Spectrum の区別をするために双極性障害の前駆状態になる生物学的指標ともいえるPotential bipolar(bipolarity)としてBDや他の精神疾患,自殺,アルコール・薬物依存を伴う家族歴,非定型・季節性,精神症状の存在,若年発症,頻回のエピソードなどを提案しています。これは, Ghaemiの提唱する身体因性に依拠した双極スペクトラム障害(後記)に近い概念を導入するものと考えます。


正常な喜びと軽躁状態の鑑別指針

一般科医(プライマリ-ケア医)のレベルであれば以下の問診を行います。

気分障害であれば,常に双極性障害を疑うことを優先し,先に軽躁状態の既往を除外します。 
1.「特別な出来事がないときでも,気分の波があるほうですか?」
2.「以前に今回とは反対に,すごく元気だった時期はありませんか?」
3.「普段を100%として過去に100%を越えていた時期がありましたか?」
以上の様な表現で,さりげなく,患者が本来,気分的に浮き沈みの激しいタイプでなかったか?を確認します。該当すれば,更に以下の2点について問診します。

4.「ほとんど眠らなくても,気分が爽快でエネルギーに満ちているようなことはなかったか」
あるいは「過去に,普段よりも少ない(3時間程度の)睡眠でも元気だったことがありますか」(高揚気分,自尊心の肥大・誇大と睡眠要求の減少)
5.「運転中に速度を上げて高速運転し,危険を冒しそうになったことがありますか」
あるいは「お金の使い方がとても荒いことがありましたか」(まずい結果になる可能性が高い快楽的活動に熱中すること:行動化・脱抑制)

以上は,可能であれば,家族や知人にも確認することが必要です。もし,全てに該当するようであれば,専門医へ紹介することが望ましいと考えます。

仮に上記のような軽躁病エピソードがなく,大うつ病エピソードのみを認めた場合でも「以前に今回と同じような状態になったことはありませんか?」と尋ね,反復性のうつ病をチェックします。このケースでは,治療抵抗性の難治性うつ病や双極スペクトラムの可能性も否定できませんので,社会生活への再適応,再発予防(服薬遵守,心理教育)のアプローチが必要になり,専門機関との連携・紹介が重要になってきます。


精神科医であれば,軽躁への感度や気質への感性を磨いた上で,以下の問診を行います。

「軽躁への感度を上げる」ためには,持続期間にこだわらず,除外項目,重症度などの気分規定性を解除し,思考や行動を重視し,早い波,不安定な波,それとなく紛れ込む波(例えば,生活史との混交や気分以外の現れ方,本人の気がつかない波,本人の built inなど )を把握します。また,初診の問診時に過去の生活歴の中で,中学~高校時代より自覚している好不調の波(躁鬱体質)の有無や,相手に接近して,融和した結果,いじめに遭うことが多くなかったか?を聴取し,その後のMood swing の有無を尋ねることも重要です。

「気質への感性を磨く」ためには,まず,過去のエピソードや生活史から気質を同定し,家族的体質・遺伝歴を尋ねることが重要です。個々の特性ではなく,その背後にあって,それらの項目を色づけているものを探すこと。環界と共振する原理ゆえに病理性を見出すのは困難でで,気分障害特に双極性障害の患者は同調性が強いことを念頭に置きながら,馴染みの無い状況に,どう同調しようかと工夫し,その態度を決定する為に観察的行動をしながら接近してくる瞬間を見逃さずに捉えることが大切です。特に主治医から情緒的なコミュニケーションを投げかけてみた後の患者の態度などが重要な情報となります。主治医が一生懸命に治療すればするほど患者は,より同調しフィードバックしてくることが多くなるわけです。
(この臨床的視点は,鑑別が困難とされる境界性パーソナリティ障害と決定的に違う大きなポイントになります。この両者の鑑別については,いずれ触れたいと思います)。

問診のポイントとして,自覚していない軽躁時期と対比して「うつです!」「非常に辛い!」と言いながら,多訴で幾つもの症状を強い感情を込めて,治療者がたじたじとなるような訴え方をする場合には,「普通だった」と捉えている軽躁の時期からの落差に困惑して「急に調子が悪くなり,不安定なのですね?」と尋ねた上で,双極性の要素が潜んでいる可能性を考え,過去の不適応的な対処行動や随伴症状(不安障害等)を確認します。波乱万丈に満ちた人生….特に転々とした職歴や転居歴,複数の婚姻歴,予測不可能な行動化やエピソード(過剰な飲酒,手首切創などの自傷行為,過食・嘔吐,過量服薬,薬物依存,放浪癖,浪費・買い物やギャンブル依存による借金,実業家であれば,株投資や店舗拡大などによる自己破産,派手な服装やライフスタイルの変化,性的乱脈による偶発的な妊娠・中絶など)を丁寧に聴取します。

家族歴は(気分障害などの)疾病の有無だけでなく,職業歴を聞くことが重要です。単極性うつ病の場合は,公務員や会社員などの「硬い」職業が多いですが,双極性の場合は,本人だけでなく,家族も(自分のペースで仕事が可能な)職人的仕事や芸術・クリエイティブ系の仕事をしているケースが多く,一般的な定職がなく,転職や離婚歴が多く,ライフスタイルも多彩で創造的・発揚的な状況が多いため,それを「淡々と訊く」ことが重要です。

その上で現行診断基準であるDSM-IVの軽躁病エピソードを適切に使用することが望ましいと考えます。しかし,同診断基準にある「軽躁エピソードの場合は,気分の障害や機能の変化は,他者から観察可能であり,症状のないときにはその人物に特徴的でない明確な機能変化が随伴する」という記載にあるように,患者にとって甘美に満ちた目眩く軽躁病期間は病的として捉えることは少なく,それを渇望するあまり,かえって否認・否定し,情報が得られないことがあるので,必ず家族・知人や周囲からの客観的な情報が必要となります。孤高の人生で周囲からの客観的な情報が皆無に近く,軽躁病エピソードを本人が否定・否認している場合は,Hirshfeld(2000年)による気分障害質問表MDQ(Mood Disorder Questionnarire)を使用しても良いか?と思われますが,あくまでも参考程度に留め,最終的には,精神科医が診察場面で軽躁病エピソードを的確に捉えることが理想です。

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by jotoyasuragi | 2010-02-15 15:18 | 心理教育シリーズ

金沢市にある医療・福祉施設です。


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