2010年 03月 08日
月経前不快気分障害1
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月経前不快気分障害(Premenstrual dysphoric disorder, 以下PMDD)
疾患概念
PMDDは月経前症候群(Premenstrual Syndrome:PMS)の中でも精神症状が著しい群に該当し,DSM-III-Rでは「黄体期後期不機嫌障害」として登場しました。DSM-IV-TR以降では「特定不能のうつ病性障害」の一類型としてPMDDにまとめられ,ICD-10では「他の特定の気分障害」に該当します。
病態
Bringham and Women’s病院(BWH)Connors女性健康ジェンダー生物学部長のJil M.
Goldstein教授らは,女性と男性の脳ではストレスの処理の仕方が異なっており,その結果,疾病の経過も同等ではないことを報告しました。彼らは,健康な男女を対象に機能的MRI(fMRI)を用いて,ストレス刺激の強い状態での脳活動を観察し,女性には,月経周期の初期と排卵期の2回fMRI検査を行い,男性のデータと比較検討を行いました。その結果,ストレス応答における脳活動は,月経周期の初期には男女差がなく,むしろ,同じ女性でも排卵期にはストレス応答の脳活動が男性より強いという結果が得られたのです。同教授は「女性には,脳内のストレス応答を調節する女性特有のホルモン的能力が備わっており,最大の違いは,脳内の自律的覚醒応答を制御する脳領域に見られたことから,男女の脳の基本的な生理学的相違と脳の複数領域における機能の男女差を理解する鍵となる」と述べています(Journal of Neuroscience:2010;30:431-438)。
近年,セロトニン神経系伝達に関連する遺伝情報が書き込まれた遺伝子型であり,染色体番号17に存在するセロトニントランスポーター遺伝子(5HTTLPR:S型とL型に分かれる)の存在が明らかになり,ヴェルツバーグ大学精神医学部のPeter Lesch(1996年)が「S型がセロトニン分泌に関与する」と発表しました。この遺伝子型の割合は人種・民族によって異なり,不安遺伝子とも呼ばれ,日本人はこの割合が高いとされます。また,うつ病の発症において,L型よりS 型の方が多いと報告されています。Jovanovicらは,大うつ病患者の女性は男性と比較してセロトニントランスポーターの低下が顕著であり,さらに健常女性は男性よりセロトニン合成が52%も多く,セロトニン受容体も多いことが報告され,セロトニン系の不均衡が女性の大うつ病に関与することを示唆しており,これらのことが女性にセロトニン系抗うつ薬が有益である結果に繋がるのかもしれないと報告しています(Jovanovic H,Lundberg J,Karlsson P,et al.Gender differences in the 5-HT1A receptor and serotonin transporter in the human brain:a PET study.Eur Neuropsychopharmacol 2007;17:S186)。その一例を紹介しますと,例えば,性別における抗うつ薬の寛解有効率について,各抗うつ薬(Sertraline, Fluvoxamine, Paroxetine, Milnacipran, Maprotiline:いずれも国内使用薬)それぞれの寛解有効率を男性と女性で比較した場合は,Sertralineは女性で有意に(男性55.6%対女性95.0%(P=0.0043))寛解有効率が高かったという報告があります(Morishita S,KinoshitaT,Arita S.Gender differences in a response to antidepressants.Major Depression in Women.(eds),Nova Science Publisher,NY,2008)。
セロトニン神経系や抗ドパミン系作用を有するエストロゲンやGABA(ギャバ:ガンマ-アミノ酪酸)神経系への作用を有するプロゲスチンの関与は明らかではありませんが,中でもエストロゲンとセロトニンの相互作用は卵胞期と黄体期のSSRIの効果発現の相違にも論が及んでいるものの,その関係は極めて複雑であり,決定的なエビデンスはありません。また,排卵月経周期に付随して起こる性ホルモンの減少による内分泌消退性症候群がそのまま成因となって気分障害を発症するという証拠もまだ確認されていません。少なくともGABA・セロトニン・ドパミンの動態に起因し,抗不安薬・抗うつ薬・抗精神病薬の薬理作用と密接に関係すると考えるPMDDは気分障害関連の障害の一つではありますが,その多くは女性ホルモンの分泌異常に由来した排卵月経周期に付随して起こる性ステロイド値の変化を引き金にした身体精神疾患であることから,内因性のうつ病とは区別すべきという意見もあります。以上よりPMDDは性ホルモンと中枢神経系の相互作用が複雑に関連した結果,発現するものと考えられています。
Landenら(2006年)はPMDDを性ステロイドホルモンの影響から非定型うつ病を呈した病態と捉えたことを報告していますが,心理社会的危機と同様にPMDDに代表される内分泌的な危機は生物学的成因論だけに組み入れられるのではなく,気分障害の発症状況や経過に影響を与える因子として大局的に捉えられるべきであろうと考えます。むしろ気分障害がベースにあって排卵期に症状が増悪する病態であって,精神症状が月経周期を通じて存在しており,周期内の症状の軽減がない場合や症状が周期性を持つとしても,特に重い精神症状がみられるならば,即座に月経周期に関連しない気分障害を検討する必要があると思われます。
疫学
DSM-IV基準を用いたCohen やWittchen (いずれも2002年)らは,PMDDは特に30代の成熟女性に多いが,有病率は年齢層によらず,5.8~6.4% と一定していると報告しており,PMDDの女性の大うつ病の生涯罹患率は45~70%に上がるというAngstらの報告もあります。
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月経前不快気分障害(Premenstrual dysphoric disorder, 以下PMDD)
疾患概念
PMDDは月経前症候群(Premenstrual Syndrome:PMS)の中でも精神症状が著しい群に該当し,DSM-III-Rでは「黄体期後期不機嫌障害」として登場しました。DSM-IV-TR以降では「特定不能のうつ病性障害」の一類型としてPMDDにまとめられ,ICD-10では「他の特定の気分障害」に該当します。
病態
Bringham and Women’s病院(BWH)Connors女性健康ジェンダー生物学部長のJil M.
Goldstein教授らは,女性と男性の脳ではストレスの処理の仕方が異なっており,その結果,疾病の経過も同等ではないことを報告しました。彼らは,健康な男女を対象に機能的MRI(fMRI)を用いて,ストレス刺激の強い状態での脳活動を観察し,女性には,月経周期の初期と排卵期の2回fMRI検査を行い,男性のデータと比較検討を行いました。その結果,ストレス応答における脳活動は,月経周期の初期には男女差がなく,むしろ,同じ女性でも排卵期にはストレス応答の脳活動が男性より強いという結果が得られたのです。同教授は「女性には,脳内のストレス応答を調節する女性特有のホルモン的能力が備わっており,最大の違いは,脳内の自律的覚醒応答を制御する脳領域に見られたことから,男女の脳の基本的な生理学的相違と脳の複数領域における機能の男女差を理解する鍵となる」と述べています(Journal of Neuroscience:2010;30:431-438)。
近年,セロトニン神経系伝達に関連する遺伝情報が書き込まれた遺伝子型であり,染色体番号17に存在するセロトニントランスポーター遺伝子(5HTTLPR:S型とL型に分かれる)の存在が明らかになり,ヴェルツバーグ大学精神医学部のPeter Lesch(1996年)が「S型がセロトニン分泌に関与する」と発表しました。この遺伝子型の割合は人種・民族によって異なり,不安遺伝子とも呼ばれ,日本人はこの割合が高いとされます。また,うつ病の発症において,L型よりS 型の方が多いと報告されています。Jovanovicらは,大うつ病患者の女性は男性と比較してセロトニントランスポーターの低下が顕著であり,さらに健常女性は男性よりセロトニン合成が52%も多く,セロトニン受容体も多いことが報告され,セロトニン系の不均衡が女性の大うつ病に関与することを示唆しており,これらのことが女性にセロトニン系抗うつ薬が有益である結果に繋がるのかもしれないと報告しています(Jovanovic H,Lundberg J,Karlsson P,et al.Gender differences in the 5-HT1A receptor and serotonin transporter in the human brain:a PET study.Eur Neuropsychopharmacol 2007;17:S186)。その一例を紹介しますと,例えば,性別における抗うつ薬の寛解有効率について,各抗うつ薬(Sertraline, Fluvoxamine, Paroxetine, Milnacipran, Maprotiline:いずれも国内使用薬)それぞれの寛解有効率を男性と女性で比較した場合は,Sertralineは女性で有意に(男性55.6%対女性95.0%(P=0.0043))寛解有効率が高かったという報告があります(Morishita S,KinoshitaT,Arita S.Gender differences in a response to antidepressants.Major Depression in Women.(eds),Nova Science Publisher,NY,2008)。
セロトニン神経系や抗ドパミン系作用を有するエストロゲンやGABA(ギャバ:ガンマ-アミノ酪酸)神経系への作用を有するプロゲスチンの関与は明らかではありませんが,中でもエストロゲンとセロトニンの相互作用は卵胞期と黄体期のSSRIの効果発現の相違にも論が及んでいるものの,その関係は極めて複雑であり,決定的なエビデンスはありません。また,排卵月経周期に付随して起こる性ホルモンの減少による内分泌消退性症候群がそのまま成因となって気分障害を発症するという証拠もまだ確認されていません。少なくともGABA・セロトニン・ドパミンの動態に起因し,抗不安薬・抗うつ薬・抗精神病薬の薬理作用と密接に関係すると考えるPMDDは気分障害関連の障害の一つではありますが,その多くは女性ホルモンの分泌異常に由来した排卵月経周期に付随して起こる性ステロイド値の変化を引き金にした身体精神疾患であることから,内因性のうつ病とは区別すべきという意見もあります。以上よりPMDDは性ホルモンと中枢神経系の相互作用が複雑に関連した結果,発現するものと考えられています。
Landenら(2006年)はPMDDを性ステロイドホルモンの影響から非定型うつ病を呈した病態と捉えたことを報告していますが,心理社会的危機と同様にPMDDに代表される内分泌的な危機は生物学的成因論だけに組み入れられるのではなく,気分障害の発症状況や経過に影響を与える因子として大局的に捉えられるべきであろうと考えます。むしろ気分障害がベースにあって排卵期に症状が増悪する病態であって,精神症状が月経周期を通じて存在しており,周期内の症状の軽減がない場合や症状が周期性を持つとしても,特に重い精神症状がみられるならば,即座に月経周期に関連しない気分障害を検討する必要があると思われます。
疫学
DSM-IV基準を用いたCohen やWittchen (いずれも2002年)らは,PMDDは特に30代の成熟女性に多いが,有病率は年齢層によらず,5.8~6.4% と一定していると報告しており,PMDDの女性の大うつ病の生涯罹患率は45~70%に上がるというAngstらの報告もあります。
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by jotoyasuragi
| 2010-03-08 10:30
| 心理教育シリーズ