2010年 03月 23日
大うつ病性障害の診断について2
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大うつ病性障害の診断について2 ~DSM-Ⅳ-TR:大うつ病エピソード(Major Dpressive Disorder:以下MDD)の診断基準の使用法~(米国精神医学会)
中核症状(前記Vol.10を参照)となる2項目のうち1つ以上に該当する場合,さらに,以下の症状(③~⑨)を併せて合計で5つ(またはそれ以上)が認められ,該当する全ての症状が「ほとんど1日中,ほとんど毎日あり,2週間以上にわたっている」ことが必要となります。
更に以下を全て満たしていることが条件となります。
混合性エピソードの基準を満たさない
症状のために著しい苦痛または社会的,職業的または他の重要な領域における機能の障害(著名な機能不全)を引き起こしている
これらの症状は一般身体疾患や物質依存(薬物またはアルコールなど)では説明できない
死別・悲嘆反応(正常心理の悲哀)では上手く説明できない
但し,それぞれの抑うつ症状を的確に捉える治療者側の診断学的精度が低いと誤診などの問題に繋がります。単極性うつ病診断は思ったよりも簡単ではないのです。近年,ネット上でも公開されている今流行のチェックリスト的な偽診断はうつ病診断そのものを浅く誤解し,単に症状の数合わせになり,憂うつの意味を無視してしまいかねません。そうなってしまうと診断一致率は高くなるものの,うつ病の範囲が広くなった結果, 誤診も多くなり,治療がパターン化して,安易に抗うつ薬が投薬されてしまう危険性が高くなるわけです(Vol.7軽躁病エピソードの捉え方2 DSM-IV-TR気分障害診断の問題点を参照)。
③食欲の減退あるいは増加,著しい体重の減少あるいは増加:抗うつ薬には初期に反応しやすい
尋ねるポイント
「いつもより食欲が落ちていますか?」
「減量しようとしていないのに,体重が減っていますか?」
「いつもよりずっと食欲が増えていませんか?」
「食欲が非常に増進して,体重が増えていませんか?」
一般にうつ病では食欲の低下や実際の食事量と不釣り合いに(大体1ヶ月5%以上の)大幅な体重減少を示すことが少なくないようです。意欲低下により食事をとる気力もなく,罪業妄想(下記⑦)のために食べる資格がないと拒食する場合もあります。また,味覚・空腹感の変化・減弱(喪失)により,「食べ物の味がしない」「何を食べても砂を噛んでいるよう」「口の中が苦く,渇いて唾が粘っこい」「あまり食べる気がしないが,食べなければいけないと思って,仕方なく食べている」「機械的に無理やり押し込んでいる」という表現の訴えも該当します。摂食障害的問題がみられないこと,特に過食や体重増加を伴う場合は,非定型うつ病や季節性うつ病の有無を確認する必要がありますが, この両者はチョコレート類を多食し,抑うつ気分の軽度の改善を自覚する患者も少なくありません。やたらと甘い物や炭水化物など特定の食べ物ばかり欲しく(糖分・炭水化物飢餓)なり,全体的に食欲が亢進することもあり,この様な甘味癖は特にうつ病の回復期に一過性に認めることがあります。
④不眠あるいは睡眠過多:睡眠リズム障害;抗うつ薬には初期に反応しやすい
尋ねるポイント
「睡眠の状態はいかがですか?」
「ほとんど毎晩眠れないということがありますか?」
「夜中に何度も目が覚めたり,朝早く目が覚めたりしますか?」
「眠気が強くて,毎日眠りすぎているということがありますか?」
うつ病になると,本来の睡眠-覚醒(生体)リズムが外界(環境)と協調しえなくなり,熟睡した感覚が得られなくなります。その結果,心身の疲労が回復しないまま,早朝暗いうちから「とうとう嫌な朝が来てしまったか」「また苦しい一日の始まりか」と溜息まじりの最悪の朝を迎えてしまいます。典型的な特徴としては,発症初期は比較的,入眠は保たれます(逆に入眠困難は疾病特異性に乏しい)が,普段より2時間以上早く覚醒してしまう「早朝覚醒」がみられ,特に内因うつ病では特徴的所見となります。実は,この時間帯は家族や周囲に救いを求めることが困難なことから,早朝から覚醒した後,悲観的なことを考えやすくなった結果,自殺企図に繋がりやすいことを念頭に置いておく必要があります。加えて熟眠感がなく,体調が優れずすぐに起き上がれないことが多く,夜中に目が覚める「中途覚醒」により,再入眠ができず,悪夢にうなされることがあります。反対に睡眠時間が1日10~12時間以上と極端に長くなり,過眠症状が現れることもあり,その場合は非定型うつ病や季節性うつ病,睡眠時無呼吸症候群などに代表される呼吸関連睡眠障害の有無を確認する必要があります。うつ病患者は,REM睡眠潜時の短縮と徐波睡眠の減少や多夢を認めることが多くなり,特徴的なポリグラフ所見として,健常者では90~120分であるレム睡眠潜時が36~56分と短縮していることが指摘されています。
(REM睡眠:睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり,後者には浅いノンレム睡眠と深いノンレム睡眠に分けられ,深いノンレム睡眠は除波睡眠と呼ばれ,特に脳に休息を与え,疲労回復や身体の損傷部位の修復などの役割を果たしていると考えられています。人間は入眠後,比較的早い段階で除波睡眠に入り,その後レム睡眠やノンレム睡眠を繰り返しながら,朝の目覚めに至るのが通常のパターンとなります。高齢者の睡眠パターンは浅いノンレム睡眠が増加し,深いノンレム睡眠やレム睡眠が減少する為,①中々入眠できない②眠りが浅い③中途で目が覚めやすいなどの特徴を認めやすくなります)
⑤精神運動性の焦燥または制止(遅滞):外的制止;精神運動機能の障害 / 意欲行動面の障害:薬効性は比較的大きい
尋ねるポイント
「話し方や動作が普段より遅くなっていて,言葉が中々出てこないことなどを人から指摘されるということがありますか?」
「じっとしていられず,動き回っていたり,じっと座っていられなかったりすることが多くなっていますか?」
周囲から見ても立ち振る舞いや適切な返答などの身体的動作が遅くなり,口数が少なく,声のトーンが普段よりも小さくなり,会話が途切れがちになるということで気づかされる場合が多い精神運動制止または抑制(遅滞)を認めます。この症状は,かつてLangeが「生気的制止vitale Hemmung」と命名し,気分(中核)症状と並んで,内因性うつ病の診断標識とするものですが,症状が軽度の場合は,病的なものか否か?を判別することは困難です。その場合は,やはり,以前との違いを同伴者から確認するべきです。これらの抑制の程度が進むと,患者自身が「怠けている」と自責的になり,「うつ病」を理解できていない家族や上司・同僚から怠惰,性格上の問題とみなされ,批判や叱責の対象になることも稀ではありません。精神運動制止がさらに重症化(極期に移行)すると, 寡言・寡動がみられ,自ら何もしなくなる発動性の低下を認め,(意識障害はなく)周囲の状況は把握しているにもかかわらず,周囲の呼びかけや刺激には少しは応答する亜昏迷か全く反応しない抑うつ性昏迷に移行する場合もあります(いきなり昏迷状態に陥ることはありません)。
逆に不安や焦燥感が強くなると表面的には元気そうに見えるので注意が必要です。例えば,「焦燥うつ病」では,些細なことで怒りっぽくなり,やたらとイライラすることが多く,診察中に着衣をまさぐり,髪の毛や手背,頭皮など身体の各所を掻きむしったりして,表情も(談話や行動しようとする意欲があるにも係わらず,身動きできないという)苦悶様となります。うつ病性の不安も,これら気分の変調と制止を巡る不穏・苦悶とない交ぜになって出現することがあります。これらが,ひどくなると,じっと座っていられないほど,落ち着きがなくなりますので,部屋の中を歩き回り,立ったり座ったりして,ひどい場合は足踏みすることもあります。時に「首を絞めてくれ」と隣人に迫り,壁に頭を打ちつけるなどの自殺企図がみられることがあり,その訴えの色彩が,退行的で依存的,オーバーアクションな印象を周囲や治療者が真に受けてしまい,真剣に取り扱わなくなった結果,最悪,自殺に結びついてしまう危険性に十分注意すべきとおもわれます。また,これらは必ずしも診察場面で診られるわけではありませんので,家族・知人からの客観的な情報は必要でしょう。従来は,比較的に初老期・老年期に多いとされる不安・焦燥の強い(2005年にローマ大学Koukopoulos教授による新しい診断クライテリアが発表されている)「激越性うつ病」では,意欲の低下が目立たず,かえって口数が多くなり,落ち着かなくなることがあります。また,これらの臨床的類似の傾向を示す患者の多くには焦燥うつ病や激越性うつ病と並んで,「混合性うつ病 Mixed depression(Benazzi,2007年)」や「双極性混合状態(Perugi,Akiskal ら,1997年)」が疑われ,抗うつ薬の使用には,厳重に注意する必要があり,既に抗うつ薬を服薬中であれば,薬剤性(Activationや軽躁・躁転等)との鑑別が必要です。残念ながら,これら周辺症状は,現行診断基準では双極性障害や「混合状態」として捉えられず,診断学的にはKraepelinが定義する混合状態の再検証・再認識が注目されています。
⑥疲れやすさ(易疲労感)・気力の減退(意欲制止):内的制止;意欲行動面の障害
尋ねるポイント
「いつもより疲れやすくなっている,気力が低下しているとか,感じることがありますか?」
「朝起きて着替えるのに時間がかかりますか?」
身体を動かしていないのにひどく疲れやすく,身体が重く感じられるのもうつ病の特徴です。易疲労感については,実際に手足に鉛が詰まっているように感じる鉛様の麻痺や脱力感に近い身体的重圧感を認める場合は非定型うつ病の有無を確認する必要があります。また,物事をしようと思いながらも行動に移せず,根気がなくなり,何事も長続きせず,生産的活動性が低下します。気力の低下から何もする気が起きず,日中も臥床傾向に過ごすことが多くなり,(食事の支度や起床時の洗顔・歯磨きなどの)日常的なことに時間がかかるため,「何とかしなくては!」と余計に気持ちは焦るが,それをする気力がわかない状態になります。当然,行っていた仕事をするのも自覚的に億劫になり,普段より多くの時間を要するようになります。軽い段階では日常生活はなんとかこなせますが,通常業務のうち,例えば,企画・管理・創造性などに代表される(仕事の要求度(負荷や責任)や主観的ノルマが高く,自由度や時間的裁量権の低い)複雑化した業務を外部から要請されると全くこなせなくなります。
⑦無価値感または過剰(あるいは不適切)な罪責感(罪悪感):認知・思考面(の内容)の障害
尋ねるポイント
「自分は価値のない人間だと感じたり,悪いことをしたと自分自身を責めたりしますか?」
「努力しても将来失敗するのではないか?(取り越し苦労)と考えることがありますか?」
うつ病になると,過去の些細な(多くは不快な)出来事を思い出しては悩み,過去のことを後悔するようになり,ほとんど根拠なく自分を責めるようになります。一つのことを考え込んで,何回も他の人に確認をし,物事が上手く運ばないことを自分の責任のように思うことが強まります。このように取り越し苦労が増え,自意識・自尊心は低下し,無価値感も強まり,自己のパーソナリティや存在そのものに対する認知が著しく否定的なものへと飛躍することになります。また,これらを治療可能なうつ病の症状と認識できず,著しい苦痛となることが問題となります。加えて,虚無感が強くなると「何をやっても無駄」と述べ,食事や治療さえ拒否し,一見,うつ病にしては,病識を欠くように見えることがあります。Weitbrechtは罪業感にはうつ状態における作業能力低下によって「自らの責任が果たせなくなった」という負い目の表現として理解できる(当該診断基準では認められない)続発性のものと,他の抑うつ症状から導出できない(妄想的であることもあるというDSM-IV-TRテキスト記載から,妄想,非妄想を問わずに認める)「原発性罪業感」とが存在すると述べていますが,後者の場合は,より重症化した(下記にある)罪業妄想と表現したほうが理解しやすいかもしれません。罪業感は個人の価値基準のみならず文化的背景や規定性が大きく反映されます。かつて木村は,日本人の患者では,神・道徳・自己の義務などが内容になることは稀で,その代わり職場の同僚や世間などの周囲の人間仲間に対しての自己の在り方を責める傾向が強いと述べていますが,むしろ共同体構成員への負い目の投影として解釈される被害妄想的な色彩が伺われます。さらにこのような否定的・悲観的認知が進むと,現実把握が歪み,以下の様な訂正不能な確信性を伴う妄想に発展することがあります。
<うつ病にみられやすい三大微小妄想>
うつ病では,自分の能力や財産,健康を実際より過小評価して悲観的になり,これらを占有し続ける支配(優格)観念が意識内に長い時間,留まります。かつて,Schneiderは,うつ病性の三大妄想を「単なる精神病の「症状」として把握すべきでなく,それは人間の原始不安に関するものであり,それが抑うつによって単に露呈されるのであって,積極的に生産されるのではない」とし,妄想主題が個人の人格と価値志向性に強く依存していることを示しました。Jaspers Kは,これらの妄想を真性妄想ではなく感情から了解できる妄想様観念であるとし,阿部は,うつ病の妄想が,患者の理想的な健康が失われて日常的な営みが遂行できない不能性を背景に設立するとしています。内海は(2006年),抑うつ気分の逆説の中で,微小妄想に代表される抑うつ思考には,微小から誇大へ針小棒大の如き,誇大性への回路(一体化願望や背負い込み)がしばしば,入り込むと述べています。以下は各々,「相互のために」「所有物のために」「自分自身のために」という基本的態度が伺われます。
①罪業(罪責)妄想:過去の犯した過ちや些細な過失の結果,今の状態になったと訴える場合を指します。「周囲に迷惑をかけ,信頼に値しない」「世界一の罪人である」「生きる価値がない」と訴え,突然,自ら退職してしまうこともあり,稀なケースとして,犯してもいない殺人事件に対して,警察に自首するケースもあります。
②貧困妄想:根拠もなく経済的困窮状態にあると確信し,実際は,経済的問題など無いのに僅かな出費から財産がなくなったと訴える場合を指します。宮本は内因性うつ病に特異的であるとし,その基本構造は「自分が駄目になる」(微小性)「自分だけでなく家族も駄目にする」(破滅性)との訴え(例えば「一家が破産し親類縁者にも迷惑がかかる」という訴え)に現れているとしています。
③心気妄想:実際は病気ではないにもかかわらず,重篤な病気に罹患していると思い込むもので,健康上の些少の不調から本当は癌では無いのに癌だと思い込んでいる場合を指します。「どこにもない病気に罹ってしまった」と訴え,ドクターショッピングをして器質的要因を否定されても納得がいかないケースが見受けられます。
その他,(妄想性障害との鑑別は必要ですが)アルコール依存や糖尿病を伴う場合は「恋人や妻が浮気をしている」といった嫉妬妄想を訴えるケースがあります。これらの気分障害に認めやすい他の妄想症状については,いずれ触れたいと思います。
<記事後半へ続く(クリックしてください)>
大うつ病性障害の診断について2 ~DSM-Ⅳ-TR:大うつ病エピソード(Major Dpressive Disorder:以下MDD)の診断基準の使用法~(米国精神医学会)
中核症状(前記Vol.10を参照)となる2項目のうち1つ以上に該当する場合,さらに,以下の症状(③~⑨)を併せて合計で5つ(またはそれ以上)が認められ,該当する全ての症状が「ほとんど1日中,ほとんど毎日あり,2週間以上にわたっている」ことが必要となります。
更に以下を全て満たしていることが条件となります。
混合性エピソードの基準を満たさない
症状のために著しい苦痛または社会的,職業的または他の重要な領域における機能の障害(著名な機能不全)を引き起こしている
これらの症状は一般身体疾患や物質依存(薬物またはアルコールなど)では説明できない
死別・悲嘆反応(正常心理の悲哀)では上手く説明できない
但し,それぞれの抑うつ症状を的確に捉える治療者側の診断学的精度が低いと誤診などの問題に繋がります。単極性うつ病診断は思ったよりも簡単ではないのです。近年,ネット上でも公開されている今流行のチェックリスト的な偽診断はうつ病診断そのものを浅く誤解し,単に症状の数合わせになり,憂うつの意味を無視してしまいかねません。そうなってしまうと診断一致率は高くなるものの,うつ病の範囲が広くなった結果, 誤診も多くなり,治療がパターン化して,安易に抗うつ薬が投薬されてしまう危険性が高くなるわけです(Vol.7軽躁病エピソードの捉え方2 DSM-IV-TR気分障害診断の問題点を参照)。
③食欲の減退あるいは増加,著しい体重の減少あるいは増加:抗うつ薬には初期に反応しやすい
尋ねるポイント
「いつもより食欲が落ちていますか?」
「減量しようとしていないのに,体重が減っていますか?」
「いつもよりずっと食欲が増えていませんか?」
「食欲が非常に増進して,体重が増えていませんか?」
一般にうつ病では食欲の低下や実際の食事量と不釣り合いに(大体1ヶ月5%以上の)大幅な体重減少を示すことが少なくないようです。意欲低下により食事をとる気力もなく,罪業妄想(下記⑦)のために食べる資格がないと拒食する場合もあります。また,味覚・空腹感の変化・減弱(喪失)により,「食べ物の味がしない」「何を食べても砂を噛んでいるよう」「口の中が苦く,渇いて唾が粘っこい」「あまり食べる気がしないが,食べなければいけないと思って,仕方なく食べている」「機械的に無理やり押し込んでいる」という表現の訴えも該当します。摂食障害的問題がみられないこと,特に過食や体重増加を伴う場合は,非定型うつ病や季節性うつ病の有無を確認する必要がありますが, この両者はチョコレート類を多食し,抑うつ気分の軽度の改善を自覚する患者も少なくありません。やたらと甘い物や炭水化物など特定の食べ物ばかり欲しく(糖分・炭水化物飢餓)なり,全体的に食欲が亢進することもあり,この様な甘味癖は特にうつ病の回復期に一過性に認めることがあります。
④不眠あるいは睡眠過多:睡眠リズム障害;抗うつ薬には初期に反応しやすい
尋ねるポイント
「睡眠の状態はいかがですか?」
「ほとんど毎晩眠れないということがありますか?」
「夜中に何度も目が覚めたり,朝早く目が覚めたりしますか?」
「眠気が強くて,毎日眠りすぎているということがありますか?」
うつ病になると,本来の睡眠-覚醒(生体)リズムが外界(環境)と協調しえなくなり,熟睡した感覚が得られなくなります。その結果,心身の疲労が回復しないまま,早朝暗いうちから「とうとう嫌な朝が来てしまったか」「また苦しい一日の始まりか」と溜息まじりの最悪の朝を迎えてしまいます。典型的な特徴としては,発症初期は比較的,入眠は保たれます(逆に入眠困難は疾病特異性に乏しい)が,普段より2時間以上早く覚醒してしまう「早朝覚醒」がみられ,特に内因うつ病では特徴的所見となります。実は,この時間帯は家族や周囲に救いを求めることが困難なことから,早朝から覚醒した後,悲観的なことを考えやすくなった結果,自殺企図に繋がりやすいことを念頭に置いておく必要があります。加えて熟眠感がなく,体調が優れずすぐに起き上がれないことが多く,夜中に目が覚める「中途覚醒」により,再入眠ができず,悪夢にうなされることがあります。反対に睡眠時間が1日10~12時間以上と極端に長くなり,過眠症状が現れることもあり,その場合は非定型うつ病や季節性うつ病,睡眠時無呼吸症候群などに代表される呼吸関連睡眠障害の有無を確認する必要があります。うつ病患者は,REM睡眠潜時の短縮と徐波睡眠の減少や多夢を認めることが多くなり,特徴的なポリグラフ所見として,健常者では90~120分であるレム睡眠潜時が36~56分と短縮していることが指摘されています。
(REM睡眠:睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり,後者には浅いノンレム睡眠と深いノンレム睡眠に分けられ,深いノンレム睡眠は除波睡眠と呼ばれ,特に脳に休息を与え,疲労回復や身体の損傷部位の修復などの役割を果たしていると考えられています。人間は入眠後,比較的早い段階で除波睡眠に入り,その後レム睡眠やノンレム睡眠を繰り返しながら,朝の目覚めに至るのが通常のパターンとなります。高齢者の睡眠パターンは浅いノンレム睡眠が増加し,深いノンレム睡眠やレム睡眠が減少する為,①中々入眠できない②眠りが浅い③中途で目が覚めやすいなどの特徴を認めやすくなります)
⑤精神運動性の焦燥または制止(遅滞):外的制止;精神運動機能の障害 / 意欲行動面の障害:薬効性は比較的大きい
尋ねるポイント
「話し方や動作が普段より遅くなっていて,言葉が中々出てこないことなどを人から指摘されるということがありますか?」
「じっとしていられず,動き回っていたり,じっと座っていられなかったりすることが多くなっていますか?」
周囲から見ても立ち振る舞いや適切な返答などの身体的動作が遅くなり,口数が少なく,声のトーンが普段よりも小さくなり,会話が途切れがちになるということで気づかされる場合が多い精神運動制止または抑制(遅滞)を認めます。この症状は,かつてLangeが「生気的制止vitale Hemmung」と命名し,気分(中核)症状と並んで,内因性うつ病の診断標識とするものですが,症状が軽度の場合は,病的なものか否か?を判別することは困難です。その場合は,やはり,以前との違いを同伴者から確認するべきです。これらの抑制の程度が進むと,患者自身が「怠けている」と自責的になり,「うつ病」を理解できていない家族や上司・同僚から怠惰,性格上の問題とみなされ,批判や叱責の対象になることも稀ではありません。精神運動制止がさらに重症化(極期に移行)すると, 寡言・寡動がみられ,自ら何もしなくなる発動性の低下を認め,(意識障害はなく)周囲の状況は把握しているにもかかわらず,周囲の呼びかけや刺激には少しは応答する亜昏迷か全く反応しない抑うつ性昏迷に移行する場合もあります(いきなり昏迷状態に陥ることはありません)。
逆に不安や焦燥感が強くなると表面的には元気そうに見えるので注意が必要です。例えば,「焦燥うつ病」では,些細なことで怒りっぽくなり,やたらとイライラすることが多く,診察中に着衣をまさぐり,髪の毛や手背,頭皮など身体の各所を掻きむしったりして,表情も(談話や行動しようとする意欲があるにも係わらず,身動きできないという)苦悶様となります。うつ病性の不安も,これら気分の変調と制止を巡る不穏・苦悶とない交ぜになって出現することがあります。これらが,ひどくなると,じっと座っていられないほど,落ち着きがなくなりますので,部屋の中を歩き回り,立ったり座ったりして,ひどい場合は足踏みすることもあります。時に「首を絞めてくれ」と隣人に迫り,壁に頭を打ちつけるなどの自殺企図がみられることがあり,その訴えの色彩が,退行的で依存的,オーバーアクションな印象を周囲や治療者が真に受けてしまい,真剣に取り扱わなくなった結果,最悪,自殺に結びついてしまう危険性に十分注意すべきとおもわれます。また,これらは必ずしも診察場面で診られるわけではありませんので,家族・知人からの客観的な情報は必要でしょう。従来は,比較的に初老期・老年期に多いとされる不安・焦燥の強い(2005年にローマ大学Koukopoulos教授による新しい診断クライテリアが発表されている)「激越性うつ病」では,意欲の低下が目立たず,かえって口数が多くなり,落ち着かなくなることがあります。また,これらの臨床的類似の傾向を示す患者の多くには焦燥うつ病や激越性うつ病と並んで,「混合性うつ病 Mixed depression(Benazzi,2007年)」や「双極性混合状態(Perugi,Akiskal ら,1997年)」が疑われ,抗うつ薬の使用には,厳重に注意する必要があり,既に抗うつ薬を服薬中であれば,薬剤性(Activationや軽躁・躁転等)との鑑別が必要です。残念ながら,これら周辺症状は,現行診断基準では双極性障害や「混合状態」として捉えられず,診断学的にはKraepelinが定義する混合状態の再検証・再認識が注目されています。
⑥疲れやすさ(易疲労感)・気力の減退(意欲制止):内的制止;意欲行動面の障害
尋ねるポイント
「いつもより疲れやすくなっている,気力が低下しているとか,感じることがありますか?」
「朝起きて着替えるのに時間がかかりますか?」
身体を動かしていないのにひどく疲れやすく,身体が重く感じられるのもうつ病の特徴です。易疲労感については,実際に手足に鉛が詰まっているように感じる鉛様の麻痺や脱力感に近い身体的重圧感を認める場合は非定型うつ病の有無を確認する必要があります。また,物事をしようと思いながらも行動に移せず,根気がなくなり,何事も長続きせず,生産的活動性が低下します。気力の低下から何もする気が起きず,日中も臥床傾向に過ごすことが多くなり,(食事の支度や起床時の洗顔・歯磨きなどの)日常的なことに時間がかかるため,「何とかしなくては!」と余計に気持ちは焦るが,それをする気力がわかない状態になります。当然,行っていた仕事をするのも自覚的に億劫になり,普段より多くの時間を要するようになります。軽い段階では日常生活はなんとかこなせますが,通常業務のうち,例えば,企画・管理・創造性などに代表される(仕事の要求度(負荷や責任)や主観的ノルマが高く,自由度や時間的裁量権の低い)複雑化した業務を外部から要請されると全くこなせなくなります。
⑦無価値感または過剰(あるいは不適切)な罪責感(罪悪感):認知・思考面(の内容)の障害
尋ねるポイント
「自分は価値のない人間だと感じたり,悪いことをしたと自分自身を責めたりしますか?」
「努力しても将来失敗するのではないか?(取り越し苦労)と考えることがありますか?」
うつ病になると,過去の些細な(多くは不快な)出来事を思い出しては悩み,過去のことを後悔するようになり,ほとんど根拠なく自分を責めるようになります。一つのことを考え込んで,何回も他の人に確認をし,物事が上手く運ばないことを自分の責任のように思うことが強まります。このように取り越し苦労が増え,自意識・自尊心は低下し,無価値感も強まり,自己のパーソナリティや存在そのものに対する認知が著しく否定的なものへと飛躍することになります。また,これらを治療可能なうつ病の症状と認識できず,著しい苦痛となることが問題となります。加えて,虚無感が強くなると「何をやっても無駄」と述べ,食事や治療さえ拒否し,一見,うつ病にしては,病識を欠くように見えることがあります。Weitbrechtは罪業感にはうつ状態における作業能力低下によって「自らの責任が果たせなくなった」という負い目の表現として理解できる(当該診断基準では認められない)続発性のものと,他の抑うつ症状から導出できない(妄想的であることもあるというDSM-IV-TRテキスト記載から,妄想,非妄想を問わずに認める)「原発性罪業感」とが存在すると述べていますが,後者の場合は,より重症化した(下記にある)罪業妄想と表現したほうが理解しやすいかもしれません。罪業感は個人の価値基準のみならず文化的背景や規定性が大きく反映されます。かつて木村は,日本人の患者では,神・道徳・自己の義務などが内容になることは稀で,その代わり職場の同僚や世間などの周囲の人間仲間に対しての自己の在り方を責める傾向が強いと述べていますが,むしろ共同体構成員への負い目の投影として解釈される被害妄想的な色彩が伺われます。さらにこのような否定的・悲観的認知が進むと,現実把握が歪み,以下の様な訂正不能な確信性を伴う妄想に発展することがあります。
<うつ病にみられやすい三大微小妄想>
うつ病では,自分の能力や財産,健康を実際より過小評価して悲観的になり,これらを占有し続ける支配(優格)観念が意識内に長い時間,留まります。かつて,Schneiderは,うつ病性の三大妄想を「単なる精神病の「症状」として把握すべきでなく,それは人間の原始不安に関するものであり,それが抑うつによって単に露呈されるのであって,積極的に生産されるのではない」とし,妄想主題が個人の人格と価値志向性に強く依存していることを示しました。Jaspers Kは,これらの妄想を真性妄想ではなく感情から了解できる妄想様観念であるとし,阿部は,うつ病の妄想が,患者の理想的な健康が失われて日常的な営みが遂行できない不能性を背景に設立するとしています。内海は(2006年),抑うつ気分の逆説の中で,微小妄想に代表される抑うつ思考には,微小から誇大へ針小棒大の如き,誇大性への回路(一体化願望や背負い込み)がしばしば,入り込むと述べています。以下は各々,「相互のために」「所有物のために」「自分自身のために」という基本的態度が伺われます。
①罪業(罪責)妄想:過去の犯した過ちや些細な過失の結果,今の状態になったと訴える場合を指します。「周囲に迷惑をかけ,信頼に値しない」「世界一の罪人である」「生きる価値がない」と訴え,突然,自ら退職してしまうこともあり,稀なケースとして,犯してもいない殺人事件に対して,警察に自首するケースもあります。
②貧困妄想:根拠もなく経済的困窮状態にあると確信し,実際は,経済的問題など無いのに僅かな出費から財産がなくなったと訴える場合を指します。宮本は内因性うつ病に特異的であるとし,その基本構造は「自分が駄目になる」(微小性)「自分だけでなく家族も駄目にする」(破滅性)との訴え(例えば「一家が破産し親類縁者にも迷惑がかかる」という訴え)に現れているとしています。
③心気妄想:実際は病気ではないにもかかわらず,重篤な病気に罹患していると思い込むもので,健康上の些少の不調から本当は癌では無いのに癌だと思い込んでいる場合を指します。「どこにもない病気に罹ってしまった」と訴え,ドクターショッピングをして器質的要因を否定されても納得がいかないケースが見受けられます。
その他,(妄想性障害との鑑別は必要ですが)アルコール依存や糖尿病を伴う場合は「恋人や妻が浮気をしている」といった嫉妬妄想を訴えるケースがあります。これらの気分障害に認めやすい他の妄想症状については,いずれ触れたいと思います。
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by jotoyasuragi
| 2010-03-23 10:47
| 心理教育シリーズ