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心理教育シリーズ Vol.3 「SSRIの光と影(パキシルの新聞報道について)」

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<抗うつ剤>「パキシル」服用の自殺者増加 副作用の疑い

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070628-00000007-mai-soci

 近年の大規模なメタ解析の結果や現在のFDA(米国食品医薬局)をはじめとする行政側の見解は「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)だけではなく、全ての抗うつ薬は、自殺既遂率は増加させないが、自殺関連事象出現のリスクは増加させる」というものです。
 一部の一般科医や精神科医は「興奮剤であるSSRIを何故使用するのか?」と批判する人が少なくないですが,これは薬理学的な誤解であり,そうなるのは診断や治療方法に問題があるからと考えます。特にうつ病ではない境界性人格障害患者(BPD)の自傷行為に対するSSRIの効果をみた報告は少ないばかりか,SSRI投与群の方が,三環系抗うつ薬投与群より自傷行為の発生が有意に多いとDonovanら(2000)は警告しています。しかし、個人的経験上、SSRIの投薬により劇的に症状が改善される(大概、治療意欲の高い)BPD患者も一部おられ、米国精神医学会やジョン・G・ガンダーソン(BPD治療の著名な専門家)らの治療ガイドラインにはSSRIが第一選択薬として推奨されています。又、Markowitzらは,現在SSRIの多くはうつ病に限らず,各不安障害や発達障害など極めて広い範囲の疾患の患者にも使用されており,各々の本来,疾病が持つ特徴として自傷行為が存在するもので,短絡的にSSRIの方が自傷行為のリスクが高いと決めつけるのは不適切ではないか?という疑問を投げかけています。

 また,投薬直後に症状の自然経過の中で軽度の躁状態を引き起こす時期と重なった可能性も否定できません。一部の難治性患者の多くは,多剤併用が非常に多いことから薬剤相互間の何らかの影響によるセロトニン濃度上昇の可能性も考えられます。SSRI の普及により軽度の抑うつ状態に対する安易な抗うつ薬の使用が多くなり,更に潜在的な双極性障害(躁うつ病)が炙り出されやすくなったこともBPD様の病像の増大に寄与していることが推測されます。特に過量服薬やリストカットなどの衝動行為の既往がある方の投薬は、より慎重に行うことが望ましいです。
   
 よって、診断基準を満たさない軽症のうつ状態(特に逃避型抑うつや職場不適応症)に対しては,すぐに抗うつ薬を投与せず,1〜2週間は注意して経過を見ることも大切であり,職場の葛藤状況を抱えた患者などは、配置転換などの環境調整だけで症状が改善される例が散見されます。従って、症状が遷延しやすく,抗うつ薬の増量や変更のみにこだわっていると治療関係が膠着し,治療者との間でトラブルが起きやすくなるので注意が必要であると考えます。

 元来、SSRIはセロトニンの関与による中枢刺激様症状(不安、焦燥、不眠、易刺激性、敵意、衝動性、アカシジア(静座不能症)、パニック発作、軽躁~躁状態等)があり、これらの有害作用としての行動毒性が自殺行動に向かわせた可能性は否定できません。特に不安、焦燥、アカシジアが投与初期に問題視されます。しかし、現実には発現した症状が刺激症状であるのか?否か?の鑑別は非常に困難といえるでしょう。

 パロキセチン(パキシル)についてはSSRIを含む全ての抗うつ薬の中で一番、セロトニン再取り込み阻害能が突出して高いことから、単一のモノアミン濃度を急激に高めてしまう結果、用量依存的に他のモノアミン(ノルアドレナリンやドパミンなど)ニューロンにも間接的に作用(脳内の様々な受容体を刺激)し、中枢そのものを刺激してしまうことが推測されます。さらに、5-HT(セロトニン)受容体刺激(セロトニン系の活性化)によるドパミンの減少による症状悪化も関与していることが考えられます。
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 加えて、パロキセチンはSSRIの中でも半減期が短く、用量-血中濃度曲線が非線形なので、症状に合った用量の調整が難しいといわれています。一般科医は同剤を20mgまでの少量投与ならば、そのリスクは比較的少ないと考え、それ以上の増薬が必要なケースは専門医に紹介するか?ノルアドレナリン再取り込み阻害能とのバランスが比較的均等であるフルボキサミン(デプロメール、ルボックス)あるいは、SNRI(セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)であるミルナシプラン(トレドミン)の使用の方がより安全であると考えます。しかし、一方では、他の抗うつ剤では副作用で服薬困難な場合やパロキセチンを投薬しないと改善傾向を示さないうつ病患者や不安障害全般の患者も多く存在し、様々な研究報告においても、その臨床効果が優れている事実は、是非、皆様に知っていただきたいと思います。

 いずれにしても医療者側だけでなく、患者側にも正しい薬理学的知識を持つことが重要であります(Jクリニックでは疾病教育は勿論のこと、SSRIについての心理教育(薬物効果や作用機序、初期の消化器症状、中枢刺激症状、鎮静による眠気、離脱症状などの各副作用)を治療初期に行い、患者に不安を与えないように配慮しています)。その上で、中枢刺激症状を防止し、早期対応するには、最初の1ヶ月は毎週通院してもらい、不安焦燥が強い患者に対しては、投与初期に限り短期間のベンゾジアゼピン系抗不安薬を併用し、抗うつ薬を少量から開始することが適切であり、上記刺激症状に該当することがあれば、患者から速やかに連絡するよう指示する必要があります。一般科医については、発生した場合は専門医との連携を行うことが大切です。


 以上の医学的根拠を含め、この報道を解釈しますと更に以下のことが推測されます。

1.タミフルの異常行動の煽りを受けたことを含め、パキシルの市場に占める売り上げが非常に突出している為、医療費抑制の政策を打ち出している政治的現状において、厚労省からの何らかの厳しい姿勢の意思表示としてのコメントなのでは?

2.調査の対象がうつ病のみとしていないところや、あくまでも患者側のみの主観的感想を拾い上げただけなのではないのか?

3.そもそも何をもって「自殺既遂」や「自殺企図」としているのか?その定義が医学的な妥当性を欠いていると思われる。治療を受けていない未服薬の10~20代の若者達がリストカットをする程度の行為は日常の臨床現場でもよく見受けられる(特に明らかな葛藤やストレス状況がないケースとして、痛覚刺激によって脳下垂体から放出される脳内麻薬様物質であるβ-エンドルフィンの放出によるカタルシス効果や高揚気分を得ることが依存に繋がっているケースがある)。それも含めるとなると、かなり高率のデータが表出してしまうのでは?

4.(欧米ではうつ病の適応はない)依存性のあるメチルフェニデート(リタリン)を安易に投薬して、患者が殺到し、儲けている?診療所が国内にあるという風の噂を耳にするが、そういった感覚で同様にパキシルを安易に処方し、しかも、投与後、経過を十分に観察していない一部の精神科医の問題が含まれるのでは?

5.米国では「ハッピードラッグ」とか「ライフスタイルドラッグ」などと持て囃され、日本でもインターネットなどで簡単に入手可能であり、医療機関ではない経路からの規制は全くなく、野放し状態であり、こういったケースは除外されているのか?

6.自我が成熟しておらず、性ホルモンの急激な上昇の時期に該当する10~20代半ばまでの若年患者に対する投薬について、注意が必要なのは、いうまでもない。近年、都市部の診療所(心療内科、精神科)の増加と一般科医の治療参加に伴い、うつ病の受診率が高くなった。それと共に、治療を受けるうつ病や双極性障害の若年化が患者増加の背景にあり、新たに有害事象が増えている要因になっているのかもしれない。

7.結果として多くの児童思春期~若年の患者が救われている現実もあるわけで、差し引きするとエビデンス的には自殺リスク率を下げる結果が報告され、それが真実であること。特にこれらの年齢層の患者には最初の1ヶ月は毎週、2ヶ月以降は2週間という綿密な通院が必要であることはFDAでも記載されている。

8.刺激症状を含めた副作用の無い抗うつ薬は存在しない。圧倒的多数の未治療のうつ病患者の自殺率が高いのが現実であり、それが自殺大国日本の姿である。結果として、SSRIの普及率(処方率)の高さと地域の自殺率の低さとは相関するデータが存在することから、様々な側面からコスト-ベネフィットを検討する必要がある。

以上より、この記事は医学的根拠に非常に乏しく、(軽症うつ病患者の治療に「かかりつけ医」も参加して頂く啓蒙啓発活動でもある)石川県医師会うつ病対策事業に携わる身として、今回の報道は極めて遺憾であると考えます。従って、今回の報道により一般科医がうつ病治療におよび腰になるのではないかと心配です。このことが慎重になり過ぎて、軽症うつ病をはじめ、抗うつ薬で速やかに治る患者の治療的介入が遅れ、うつ病対策や自殺予防に歯止めが掛かってしまうことが懸念されます。



Jクリニック
http://www.jotoyasuragi.jp/clinic/index.html
院長 岡 敬
by jotoyasuragi | 2007-07-04 09:38 | 心理教育シリーズ

金沢市にある医療・福祉施設です。


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